青山時代のダイアログインザダーク入り口

青山にあった時の「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」の入り口

「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」というイベントを、8月に体験させていただきました。

その場で初めて会った人たちとグループになって、“暗闇” の中を巡り、“目の見えない世界” を体験し、その中で感じたことを話し合うイベントです。

暗闇は、ビルのフロア内に作られた世界。なのですが、小川にかかる丸太橋や、人工芝の敷かれた丘など、部屋ごとに異なる世界が作り込まれていて、何も見ない中で次の一歩を踏み出すのに、いちいちドキドキしてしまいます。

私たち参加者を導いてくれるのは、視覚障害をもったスタッフの方。
彼らにとって、この暗闇は “日常の世界”。

入り口で白杖を渡された私たちは、まだ視覚に頼っています。
そして、室内が徐々に暗くなり、隣の部屋に移ると、そこは漆黒の世界。
不安に包まれる私たち参加者を、アテンドしてくれるスタッフの方が
とにかく親切な口調で、的確に私たちを導いてくれます。

足元には、石がゴロゴロとしていて不安定。
杖を地面にこすりながら左右に振って安全を確認してから、おずおずと足を踏み出す。

そんなことを繰り返しているうちに、“聴覚” が研ぎ澄まされていくことを感じます。

そして、途中で休憩しながら、アテンドしてくれているスタッフの方と、グループ全員でコミュニケーションするのですが、これが非常に楽しくて、貴重な体験でした。

2017年8月末までは、青山のビルで一般向けにも開催していたのですが、今は日本橋の方に引っ越してしまい、スペース不足ゆえに一般向けのイベントは開催されていないのが残念です。

暗闇の中で実感した “この世界を知る方法” の違い

暗闇の中を手探り(というか、足探り)で進んでいると、いつもよりも耳が冴えて、「今しゃべっている人がどの辺にいるか」が、分かるようになります。ほんの短い時間での体験ですから、「部屋の広さ」を感じるまでには至りませんが、近くで話している人との距離感は、大体分かる。そんな感じです。

しかし、それも束の間。

コースを一周して、薄明りのある部屋に到着すると、あっという間に “視覚” が幅を利かせて、聴覚の方はいつも通りに戻ってしまいます。感覚が戻ってしまうまでは、本当にあっという間の出来事でした。

アテンドしてくださったスタッフの方と、私たち有視覚者の感じている世界は、あっという間に分断されたのです。

それでも、言葉は通じます。
暗闇の中で談笑した、その続きは、いつだって始められます。

しかし、「暗闇の中」と、「灯りの下」では、何かを説明する時に、思い浮かぶ言葉が異なるのです。

たとえば、テーブル。

私たちは、次のように説明できます。

「部屋の中央には、8名で囲めるほどの大きさのテーブルがある。テーブルは、モダンでシンプルなデザインだ。黒いスチールのフレームに、厚さ8mmほどのガラスが乗っている。ガラスは薄く緑ががっていて美しかった」

しかし、目が見えない方には、このような説明の仕方は難しい。
だってそうですよね。上記の例文は、ほとんどが “視覚情報” で構成されていますから。

目が見えない時には、もっと “触覚” が活かされるはずです。

現に、私たちが暗闇体験の中で、ちゃぶ台や地球儀を探り当てた時は、“指先で感じた形や質感” に頼っていたのですから。

「あ、丸くて、この手触りは、木ですね……。この高さ。この感じ、これはちゃぶ台ですね。台座から、細いアームが伸びていて、真ん中に大きな球体……これは多分、地球儀かな?」なんて具合に、ひとつひとつ触りながら、情報を得ていったものです。

人の数だけ “(内的) 世界” があり、集団の数だけ “常識” がある

言葉を駆使して対話するということは、生まれや育ち、属する集団を違いを乗り越えて理解を広げていくためのコミュニケーションです。

しかし現実には、“言葉だけでは乗り越えられない壁” がいくつも立ちはだかっています。
視覚障碍者の感じている世界を、私たちが体で理解するためには、ダイアログ・イン・ザ・ダークという体験が必要であったように、“当事者意識” をもって相手のことを理解するのは難しいことです。

言葉だけでは、超えられない理解の壁があります。

そもそも「言葉」って、非常に難しい。

それは、国語力の問題ではありません。

ダイアログ・イン・ザ・ダークで体験した、「見える世界」と「見えない世界」の差……それは、世の中の誰もが抱えている「経験の差」でもあるのです。

学校の友人・知人、地域の友人・知人、会社の友人・知人の間では、阿吽の呼吸で伝わるような話も、それぞれのグループに属さない人には、なかなか伝わりません。話を理解するためのベースとなる “常識” が異なるのだから、当たり前の話なのです。

こうした “常識の差” が生み出すギャップは、人気のテレビ番組『カミングアウトバラエティ 秘密のケンミンSHOW』(日本テレビ系列) でもお馴染みだと思います。

あの番組では、「県」単位の常識の違いが、笑いにつながっていますが、所属する集団ごとの常識の違いは、世界中で争いや憎しみのタネになっています。

人種や宗教、習慣、風俗の違い。言葉の違い。気候の違いと、食べ物の違い。
あらゆる違いが、「他者を攻撃しても良い」理由に変化して、殺し合いや奪い合いを続けて来たのが、人類の歴史でもあります。

分かり合うために必要不可欠な「人の話を正しく聞く」という行為は難しく、
「自分の想いや考えを、相手に正確に伝える」ということも、当然ながら大変に困難です。

だから今、「聞く力・(本質を)つかむ力・伝える力」というセミナーを企画している背景には、私が積み重ねてきたスキルやノウハウが、少しでも世の中の役に立てれば……という想いもあります。
皆様にお会いできることを楽しみにしています。

■ セミナー案内ページ:Peatix

ダイアログ・イン・ザ・ダークの壁に貼られた、参加者たちのコメント