『天国と地獄』北米版Blu-rayパッケージ表面

黒澤明監督の大傑作の1つ、『天国と地獄』。
英語タイトルは、『High and low』。

アメリカのミステリー作家 エド・マクベインの
『キングの身代金』(1959年)を原作とする
サスペンスですが、黒澤監督は↓のようにコメント
しています。

エド・マクベインの小説は、ほんの一部分を借りただけです。誰をさらおうとも脅迫は成り立つ、というあの思いつき。あれが素晴らしい着眼だったので、そこのところだけもらったんです。

  ―― 黒澤 明氏(東宝から過去に発売されたDVD BOX 「AKIRA KUROASAWA MASTER WORKS 3」に同封されていたブックレットより抜粋引用)

エド・マクベインのアイデアを借りて、
 小国英雄
 菊島隆三
 久坂栄二郎
 黒澤 明
の4名で練り上げた、この映画の脚本の素晴らしさ。

そして、画面の隅々まで神経が行き届いた画作りの
素晴らしさ。

全編、一瞬たりともムダなカット、ダレるカットが
ありません。

そして、三船敏郎と仲代達矢を始めとする豪華役者陣。

今は大ベテランで『モリのいる家』(2018年)でも
熱演を見せた山崎 努は、この時まだ、名もない若手。

 数年前、シドニーの映画祭に招ばれた時、久しぶりにこの映画を見ました。
 (中略)
 むろん、作品は以前新鮮で面白く大いに堪能したのですが、自分の出ている場面になると、正視できませんでした。
 痩せこけた、青白い若僧が、ぎくしゃくと力みかえっている。せりふは一本調子、動きも固い。とにかくヘタ。

  ―― 山崎 務氏(東宝から過去に発売されたDVD BOX 「AKIRA KUROASAWA MASTER WORKS 3」に同封されていたブックレットより抜粋引用)

ご本人は「ヘタ」と仰っていますが、それは名優が
過去を振り返っての自己評価。
もちろん、黒澤作品の重要キャストの、
重要なシーンに、そんな大根芝居が記録されている
はずがないんです。

昔のポスター画像

とにかく、全編にわたって熱気がこもっています。
役者の熱。
スタッフの熱。
時代の熱――。

タイトルが示す『天国と地獄』は、昭和の経済格差。

横浜の工業地帯、その貧困街を見下ろす高台に、
三船敏郎演じる権藤社長の大邸宅が建っています。

専用運転手のいる、豊かな暮らし。

そして起きる、身代金目当ての小児誘拐。

悲嘆に暮れる権藤邸。

緊迫する警察の捜査。

活写されるスラム街の風俗。

事件の顛末については、映画のネタばらしになると
いけないので、ここでは一切触れません。
とにかく一度、騙されたと思って、観てください。

私など、何度観返したか分かりませんが、
いつ見ても、画面に目が釘付けになります。

ストーリーにグイグイとひきつけられます。

後世に語り継がれる、2つの場面

この作品を語る上で欠かせないシーンが2つあります。

というかこの2シーンは、日本の映画史における
「伝説」と言っていいでしょう。

それが、以下の2つ。

  • 当時最速「特急こだま」からの身代金受け渡し
  • モノクロの中、ピンクに着色された煙突の煙

この映画が作られた当時、まだ新幹線は
開通していませんでした。

当時、もっとも速かった列車「特急こだま」を、
身代金受け渡しの舞台に指定した誘拐犯。

そして、訪れる緊張のクライマックス。

実際に走行する「こだま」の中で撮影されたこのシー
ン。撮影の猶予は、わずかに十数秒間だけ。

入念なリハーサルを繰り返し、8台のカメラを据えて
挑んだ撮影も当日はカメラトラブルなどが発生。

あまりの緊張とパニックで、
現場スタッフの記憶は食い違い、
 「カメラが数台止まった状態で、撮影は一回だけ」
 「いや、二回撮影した」
 「カメラが数台止まったのは二回目の撮影だった」
と、証言も錯綜していると、東宝から過去に発売され
たDVD BOX 「AKIRA KUROASAWA MASTER WORKS 3」
に同封されていたブックレットに記載されています。

さらにこのシーン。

車窓から、肝心な景色が見えなくなる場所に
「二階建ての民家」があったため、
撮影のために、一時、二階部分を撤去させて
もらった
という逸話まであります。

撮影後、民家の二階部分は復旧させたそうですが、
当時の日本映画界のスケールの大きさが伺えます。

そして、もう1つの白眉が、“ピンクの煙”。

30~40代ぐらいの方々ならば
『踊る大捜査線 THE MOVIE』(1998年)の中で、
湾岸署からの景色がモノクロになり、煙だけが
赤く見えた時、青島刑事が「天国と地獄…」と
つぶやいたシーンをご存知でしょう。

そうです。あれは、この黒澤作品のことを
指しています。

まぁ『踊る大捜査線~』での引用は、非常に
陳腐でしたが、オリジナルの黒澤作品における
シーンが、どれだけ素晴らしい効果を作品に
与えていたか…。

その解説として、名匠 マーティン・スコセッシの
コメントを以下に引用させていただきます。

 黒澤明の『天国と地獄』は全ての偉大な古典の様に、時と共にその価値が上がりそれ自体繰り返し研究される素晴らしい作品のひとつであります。
 (中略)
 この作品には私にとって、黒澤の藝術についての卓越性が統合されていると云える一つのショットがあります。煙突から立ち昇るピンクの煙り、誘拐犯人へと導く決定的なシグナルです。黒白のフィルムの中で数秒だけカラーを使うというその決定は驚嘆すべき結果を生んでドラマ的にも又、美術的観点からも黒澤の作品全てに画家と詩人が共存しているという事を明白にしています。

  ―― マーティン・スコセッシ氏(訳・井上芳男)(東宝から過去に発売されたDVD BOX 「AKIRA KUROASAWA MASTER WORKS 3」に同封されていたブックレットより抜粋引用)

この歴史的大傑作。

これから購入される方は、東宝から出ている
国内版Blu-rayより、Criterion社から出ている
北米版Blu-rayをお選びください。

画質が非常に優れている上に、ジャケットもキレイ
で、さらに過去のDVDに収録されていたドキュメン
タリーも収録されています。

おススメです。

  

【作品メモ】
1963年、日本。『用心棒』(1961年)、『椿三十郎』(1962年)と、時代劇の大ヒットを連発した黒澤明監督が、その直後に挑んだ現代劇。この映画の公開後、日本の刑法が改訂され、誘拐犯罪の刑罰が重くなったといわれるほど影響力を持ったヒット作品となった。

【監督】黒澤 明
【脚本】小国英雄:菊島隆三:久坂栄二郎:黒澤 明
【製作】田中友幸:菊島隆三
【原作】エド・マクベイン
【撮影】中井朝一:斎藤孝雄
【美術】村木与四郎
【キャスト】権藤金吾/三船敏郎:戸倉警部/仲代達矢:権藤伶子/香川京子:河西(権藤の秘書)/三橋達也:捜査本部長/志村僑:麻薬患者/菅井きん:竹内/山崎努 ほか

本編:143分

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